支援先が求めているのは、正論よりも落とし所。その企業ならではの解を一緒につくる
2024.01 24
  • Writing

    Takumi Kobayashi

  • Photograph

    Ayako Shohata

  • Edit

    Thesaurus inc.

支援先が求めているのは、正論よりも落とし所。その企業ならではの解を一緒につくる

「経営者のガイドランナー」としてサービスを展開しているビズクリ。実際にサポートを行うメンバーは、どのようなコンサルティングを実施しているのでしょうか? 今回紹介するのは、社会保険労務士(以下、社労士)として企業の組織づくりに伴走しているビズクリサポーター・下村勝光のケーススタディ。とにかく相手の話を「聞く」ことを意識しているという下村が支援している、とある地方企業の事例をお伝えします。
支援先が求めているのは、正論よりも落とし所。その企業ならではの解を一緒につくる
2
下村 勝光

下村 勝光 しもむら かつみつ

社会保険労務士法人MIRACREATION 代表社員 社会保険労務士

社会保険労務士として、働きがいのある会社づくりをサポートする。手掛ける領域は幅広く、給与計算など労働法務にもとづく手続きはもちろん、人事評価制度設計や社員研修など組織づくりに関わるコンサルティングまで、”二刀流”のソリューションを提供できることが強み。経営者はもちろん、社員やその家族の人生にまで向き合う覚悟を持って、本質的な提案を行うことにこだわっている。

人事労務の専任が不在。未経験の担当者に伴走していく

まず、どのようなクライアントだったのでしょうか?

とある設備機器の商社です。社員は200名程度いますが、人事労務専任のメンバーがおらず、総務部長が人事労務関連の業務を兼務している状態でした。そんな中、総務部長の方が私が登壇した人事労務セミナーに参加いただき、終了後のアンケートで「個別相談希望」の欄にチェックを入れてくれたんです。その後、コンタクトを取り、支援を開始することになりました。

具体的にどのような課題を抱えられていたのでしょう?

人事労務は、常に問い合わせが来る業務です。その中で、独学で調べたり、役所に相談したりしながら対応していたんですが、「これで間違っていないだろうか」といつも不安を感じていたようでした。また、自分で調べるにせよ、役所に聞くにせよ、どうしても時間がかかってしまいます。そんな負担を減らすべく、「専門家からサポートを得よう」と考えたそうです。

実際にクライアントからは、どのようなオーダーがありましたか?

まず、日々社内で起こっている人事労務関連の困りごとにアドバイスをしてほしいということがひとつです。また、杓子定規に当てはめるのではなく、遵守すべきものは遵守しつつも自社に合った落とし所を一緒に考えてほしいということも、求められたポイントでした。

正論を押しつけるのではなく、クライアントの状況に合った答えを一緒につくっていくんですね。

あえて準備し過ぎない。「聞く」ことからはじまる支援

下村さんは、具体的にどのようなアプローチをしていったのでしょうか?

まず担当者である総務部長とは、困ったときにメールでも電話でもいつでも連絡してもらえる体制を取りました。また、トップダウンの社風だったため、意思決定者である社長を交えた定期面談を毎月実施するようにしました。問題が発生してから社長に相談して総務部長が叱責を受けたり、トラブルになってしまったりするのを避けるために、予め起こりうる問題を関係者が同席した上で検討する場をつくった方がいいと判断したためです。場当たり的に課題に対応するだけでなく、先手を打って「こういう問題が生じたときには、こういう対処をする」という具体的な方針を決めることで本来の労務管理のあるべきかたちに近づけるという狙いもあります。

社長はかなり多忙ではありましたが、毎月の面談は最優先事項のタスクにしてもらい、半年先までスケジュールを確保しながら支援を進めました。私は必ず訪問するようにしていましたが、数年間欠かすことなく毎月の面談が実施されました。

定期面談では、具体的にどのようなことを話されたのでしょうか?

労務関連に関するあらゆることを話しました。いわば“よろず相談”のような役割だと言ってもいいでしょう。目指すゴールは「労務トラブルなく、順調に企業活動が回ること」です。そこに向けて、都度目の前にある課題に対処していきました。たとえば、ハラスメントが報告されたらどのような対応をすればいいのか、休職と復帰を繰り返す社員にどのような対応をしたらいいのか、医療機関からの書類をごまかしていた社員にどのように対処したらいいのか、などが一例です。

そのような事例に対して、法令上できること・できないことをやわらかい言葉でお伝えしていきながら、一緒に対応策を考えていきました。たとえば、厳罰を与えたくなっても法令を逸脱するわけにはいきません。そのときも、正面から「それはダメです」とは言わず、「お気持ちはわかります。でも、日本のルールはこうなんですよ。何とか飲み込んでくれませんかね」などと角が立たないように明るく伝えるようにしました。逆に社内の方向性と法令を鑑みた上で、一緒に厳しい処分を考えることもありました。

あくまで相手の状況に合わせた支援を続けていく。

はい。社長も、トラブルになった社員に感情的になってしまって、法令に適さないことを言ってしまうこともあるんです。でも、部下の総務部長も同席している手前、社長に「間違っています」というと、社内での立場もなくなってしまいます。だから、伝え方には特に配慮していました。

そのほか、支援を続ける中で意識していたことはありますか?

あまり準備し過ぎないことです。プレゼン資料を作り込んだり、提案内容をガチガチに固めたりといった準備をし過ぎると、その内容にとらわれて相手のことが見えなくなってしまいます。大切なのは、「話そう」とするよりも「聞こう」とする姿勢です。もちろん、よりよく「聞こう」とするために、議事録を見返したり、新聞やメディアに目を通したりしながら、会話のネタを拾うことはあります。そうした何気ない話題から生まれる会話から「そういえば、こういうことにも困っている」といった真の課題が表れてくることがありますから。あくまで自分ありきではなく、相手ありきのコミュニケーションを心がけていました。

目指すのは、コンサルティングが不要な自走できる組織づくり

支援を続ける中でどのような変化がありましたか?

当初、「社労士は助成金を獲得することが仕事やろ」「社労士のアドバイスを聞いていると会社が悪くなる」という意見をお持ちだった社長でしたが、支援を続ける中で信頼関係が構築されて、相談される頻度が増え、範囲も広がってきました。今では、組織だけでなく社長の個人的な相談を受けることも増えています。
また、相談を頂いた総務部長にとっても、第三者の専門家が間に入ることで社長と円滑にコミュニケーションを取りやすくなったと言っていただきました。

現在はどのようなステータスなのでしょうか?

コロナ禍前に総務部長が定年退職されて、新しい人事労務担当者が入社されました。その担当者も、人事労務に関してはほとんど経験がありません。その方から頂く基本的な質問にメールや電話で回答しながら、毎月の訪問を欠かさず継続することで、もう一度労務関連の基礎をつくっているところです。

本来は人事労務に関する専門職の方を採用したいところですが、市場全体で人材不足なのは否めません。根気強く専門職の方を採用できるまで待つのも一案ですが、担当者不在の状態で日々の企業活動を継続するのも難しいのが現状です。また、せっかく採用しても人材の流動性が高くなっている今、退職してしまったら、またいちから採用活動を行わなければなりません。だからこそ、未経験でもやる気のある方を採用して、外部のアドバイザーが伴走しながら基礎づくりを行っていくのは、ひとつの企業運営のかたちだと思っています。社長も「長くうちの会社に付き合ってくれているから勘所もわかっているはず。下村さんだったら担当者が変わっても安定軌道に乗せてくれるだろう」と言ってくれました。

最後に、この支援先企業に対して今後どのように貢献していきたいと考えていますか?

最終的には、私の支援が不要になるのが理想です。あくまでコンサルタントは黒子に過ぎません。担当者が力をつけて、組織づくりをリードできるようになったら、それがもっともいい状態だと言えるでしょう。そのために、給与計算などの基礎からエンゲージメント計測などの新しい概念まで、お伝えできることは全部お伝えできたらと思います。
こちらの企業は老舗企業で、正直アップデートする余地がまだまだたくさんあります。社長にも、若手の採用・育成・定着のために、新しい施策を取り入れようという意欲が生まれはじめてきました。この想いを汲みながら、一緒に組織づくりに伴走していきたいと思います。