「理念でメシが食えますか?」。短期的な売上にとらわれていたクライアントを変える問いかけの力
2024.01 31
  • Writing

    Takumi Kobayashi

  • Photograph

    Ayako Shohata

  • Edit

    Thesaurus inc.

「理念でメシが食えますか?」。短期的な売上にとらわれていたクライアントを変える問いかけの力

「経営者のガイドランナー」としてサービスを展開しているビズクリ。実際にサポートを行うメンバーは、どのようなコンサルティングを実施しているのでしょうか? 今回紹介するのは、中小企業診断士として企業の“体幹”を鍛えることを目指しているビズクリサポーター・青木宏人のケーススタディ。当初「理念でメシが食えますか?」と突きつけられたものの、最終的には理念を重視した経営へと転換し、売上を約4倍にまで成長させたとある企業の事例をお伝えします。
「理念でメシが食えますか?」。短期的な売上にとらわれていたクライアントを変える問いかけの力
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青木 宏人

青木 宏人 あおき ひろと

株式会社マーケティングアシストプロジェクト 代表取締役社長 中小企業診断士

中小企業診断士として、企業のありたい姿の実現をサポートする。経営者との対話を重視しながら、企業の根本となる経営理念を打ち立て、中長期的なビジョンを策定し、実現のための経営戦略の実行支援を行うというスキームで数々の企業の変革をリードしてきた。丁寧に時間をかけて伴走することで、短期的な売上ではなく持続的な成長を遂げるための企業の”体幹”づくりを可能にする。

一度頓挫しているプロジェクトに、覚悟を持って臨む

まず、どのようなクライアントだったのでしょうか?

とある建設会社です。社員は30名程度、売上は約9億円の規模でした。この企業をサポートしていた知り合いからの相談で、私も支援に入ることになったんです。

どのような相談内容だったのでしょう?

「より会社を発展させるために自社の強みを明らかにして情報発信を強化していきたい」という相談でした。ただ、もともと前任のコンサルタントとプロジェクトを進めていたんですが、社長がものすごく忙しく、なかなか予定を調整することができなかったため、一度計画が頓挫していたという経緯もあったと聞きました。ただ、社長自身は「会社をもっとアピールしたい」「新規顧客の獲得をしたい」という想いが強く、コンサルタントを変更した上で改めてもう一度チャレンジしようと思っていたようです。

青木さんはどのような想いで、この企業の支援を引き受けたのでしょうか?

紹介してくれた知り合いが「一度計画が頓挫してしまったからこそ、次こそはなんとかして会社の力になりたい」という想いを持っていたんです。そんな彼の熱量に応えなくてはいけないと思って、このプロジェクトを引き受けました。ただ、経緯を伺うと、コンサルティングを受けることに対して社長自身の優先度が低くなっていることが一番の課題だと感じたので、いかにして本気になってもらうかと考えようと思いました。

多忙な社長の意識を変えた、ひとつの問いかけ

どのように支援をはじめましたか?

まず初回のアポイントメントで、「社長は普段、どのような業務をされているんですか?」と聞いたんです。そうすると、社長自ら営業活動も、工期の管理も、見積書の作成も、さらには給与の振り込みまで、ありとあらゆる業務を行っていることがわかりました。後日話を聞くと、新卒で入社してから、持ち前のバイタリティで顧客開拓から業務管理までバリバリこなして実績と信頼を積み重ねて社長に就任した方だそうです。だから、全てひとりでやろうとしてしまっていたのでしょう。とはいえ、社員が30名程度の規模の会社で、ここまで社長自身が手を動かしているケースはほとんどありません。「社長自身が忙しくて予定を調整できなかった」という背景が分かった気がしました。

その後、具体的にどのような提案をしたのでしょう?

これだけ社長が忙しい状態では、会社が成長するのは難しいのは明白でした。そこで、もともとのオーダーは「自社の強みを明らかにして情報発信を強化していきたい」というものでしたが、「そもそも会社のあり方を考えましょう」と伝え、理念やビジョンを策定することを提案したんです。ただ、返ってきた言葉が「理念でメシが食えますか?」というものでした。「目の前のことで精一杯なのに、未来のことなど考えられない」と一蹴されてしまったんです。結局、「悪いけれど、忙しいからまた今度話しましょう」というかたちで初回のアポイントメントは20分程度で終わってしまいました。

前任のコンサルタントと同じ状況ですね。

はい。その後も月に最低2回は訪問する予定でコンサルティング計画を立てていたんですけど、社長のリスケジュールが重なり、月に1回あるかないか程度の頻度になっていました。しかも、アポイントメント中も常に電話に出ていて、落ち着いて話ができていませんでした。そんな頻度だと、毎度「前回何の話をしていたっけ、青木さん」と聞かれる状態で、なかなか議論を積み重ねることができません。そのような状況で、気づけば半年が過ぎていました。

その後、どのように事態を改善させたんですか?

あるとき問いかけの仕方を変えたんです。「社長はずっと忙しくされています。営業活動も、工期管理も、経理作業も全部やられていますけれど、この状態をどう思いますか?」と尋ねました。すると、「そりゃ、こんな毎日忙しくなるよりも、代わりにやってくれる人がいた方がいい」と答えてくれたんです。やっと議論の糸口が掴めた瞬間でした。

ひとつの問いかけが起点になったんですね。

そこから「まず組織のあるべき姿について一緒に考えましょう」と伝え、「営業部や工事部、管理部にそれぞれどんな人が何人いたらいいか」「今後、どんな人がどうやって活躍してくれたら嬉しいか」といった具体的な問いを投げかけました。すると、「営業は2人ほしい。自分と同等の売上を上げてくれたら、新たなチャレンジができる」「管理部の人材は工事部と連携できるようになったらいい。そうすると自分も経営に注力できる」とふつふつと語りはじめたんです。そんな対話を行っていくにつれて、社長のコンサルティングへの優先度も高まっていき、30分程度だった打ち合わせ時間が40分、そして1時間へと次第に増えていきました。やっと議論ができるようになったのもつかの間、当初の契約期間だった1年間という期限が目の前に迫っていました。

理念を重視した経営に転換。売り上げも約4倍に

契約期間が迫る中で、どのようなアクションを行ったのでしょう?

大きな成果をあげられないまま契約期間が迫っていたので、半ば「これで契約を切られるかもな」と思っていました。しかし、同社を変えるにはここからが本番と思い「まだまだ一緒に会社の根っこを考えていきたい」という企画書をつくって提案したんです。すると、社長は2年目も継続してコンサルティングを依頼してくださいました。きっと、組織のあるべき姿について議論する時間に価値を感じてくれていたのでしょう。

2年目のコンサルティングでは、どのようなことを行ったのですか?

継続して組織のあるべき姿を考えるのはもちろん、「どんなお客様と、どんな仕事をできたら嬉しいか」という別軸の問いにも向き合いながら、より中長期的な視点からの議論が増えていきました。また、その過程で優秀な人材の採用に成功し、社長が新たに入社した社員に営業手法を教えたことで社員の能力も、会社の売上も成長していったり、経理の経験者を採用して管理業務の負担が減ったりと、具体的な成果が現れはじめてきたんです。

組織に変化が生まれはじめてきましたね。

この採用の成功は必然だと思っているんです。というのも、ありたい姿を思い描くことさえできたら、そこに向けてアンテナが張られます。すると、それまで素通りしていた情報をキャッチできるようになったり、自らアクションを起こすようになったりする。それが成果を引き寄せてくるんです。いい組織へと生まれ変わっていく芽が、間違いなくこの会社の中で出はじめていました。

徐々に思い描いていることがかたちになってきた中、その後どのような展開が生まれたのでしょう?

支援するようになって3年目に差しかかったタイミングで「今こそ理念・ビジョンを一緒に考えませんか」と提案しました。もうこの頃には、1回のアポイントで2〜3時間を確保いただけるようになり、組織運営も安定的に回るようになっていたので、十分腰を据えて組織の根幹をつくることができる体制が整ったと判断したんです。

いよいよ当初提案していた理念・ビジョンづくりがスタートしたんですね。

経営陣に松下幸之助や稲盛和夫などの著名な経営者のマインドを伝える研修を実施したり、社員の方々に理念・ビジョンの必要性について説明する場を用意したり、社内全体で意識を高めながらプロセスを踏んでいきました。
最終的に、どういうお客様にどういう価値を提供したいか、どれだけの売上を上げるか、どんな働く環境を実現したいかといった観点から、自社の存在意義=「パーパス」と、それを実現するための「ビジョン」を言語化しました。

その後、会社内でどのような変化がありましたか?

当初は「理念でメシが食えますか?」と言って、目の前の業務で手一杯になっていた社長も、この頃にはすっかりマインドが変わって、パーパスや行動指針を印刷して社内に貼り、「理念が一番大事だ」と社員に伝えるようになっていました。
もちろん毎年の決算として売上や利益を出すことも重視はします。でも、目の前の短期的な数字にとらわれるのではなく、中長期的な視点でよりよい組織づくりを行う必要があると考え、「事を成す会議」という名で、「緊急性は低いけれど重要度が高い」項目を議論する場を設けるようにもなりました。こうした取り組みが実を結び、設定したビジョンは、前倒しで達成され、今では私がコンサルティングに入る前に比べると4倍近い売上を上げるようにもなっています。

質の高い問いかけは、ビズクリクラウドにも実装

とても大きな変革が生まれた事例だったんですね。この変革を生み出せた理由をどのように考えていますか?

やはり質の高い問いかけによって、社長自身に気づきを得てもらうことが鍵だったと思います。支援当初は「どういう話題を出したら、このコンサルティングに、この組織の状態に、関心を持ってくれるのか」ということを常に考えていました。
「今の状態のままだったら、未来はどうなると思うか?」「そんなアンハッピーな未来を起こさないために、どのようなことが必要だと思うか?」といったような問いかけによって、社長も課題に気づくことができましたし、“今”から“未来”へと少しずつ視座を変えていけたと感じます。社長自身も「今まで目の前のことにがむしゃらに取り組む仕事のやり方しか知らなかったけれど、青木さんのおかげで中長期的な視点で理想の姿を描いて、そこに基づきながら組織を動かしていくやり方に気づくことができた」とおっしゃってくれました。社長自身の意識が変われば、組織変革もスピーディに進みます。

質の高い問いかけを生み出すために、どのようなことに取り組めばよいのでしょう?

もちろん現場で鍛錬する方法もあります。ただ、私たちが開発しているビズクリクラウド内にも理念からビジョン、さらにはそれを実現するための戦略をつくることができる問いかけを用意しています。その問いかけに向き合い、答えていくことで、理想の組織のかたちを言語化できるようになるはずです。もちろん必要があればビズクリサポーターの支援を受けながら、理念やビジョン、戦略づくりを行うこともできます。

最後に、青木さんが企業支援を行う上で大切だと感じていることを教えてください。

依頼を受けるときには、基本的にクライアントから「こういうことをしてほしい」というオーダーがあります。ただ、本当の課題は違うところにあると感じたら、お客様に伝えた上で、一緒に課題解決に向かって粘り強く取り組むのが本質的なコンサルティングだと考えています。たとえオーダーに違和感を抱いても、それを無視してクライアントが求めることだけを粛々と遂行することは、私はしません。問いかけの力を使いながら、企業の変革を生み出すため、これからも支援を続けていきます。